10年にわたる日本経済の停滞をはじめ、世界の経済は不安定な状態が続いています。今回三回に分けて混迷を解きほぐすヒントを経済の歴史の中に求めてみます。歴史小説などで数多くの作品がある作家の津本陽氏『貨殖(財産をふやすこと)の奥にある精神』に注目すべきだと言われております。
所長の部屋


15.10月更新分
貨殖の奥の精神
義重んじる政治家最善
漢の司馬遷が、約二千百年前にあらわした歴史書『史記』を読めば、人の心情が現代と全く同様であることに感心する。

孔子は弟子の子路に政治家としてなすべき事を聞かれ、答えた。

『まず、みずから先頭に立って人民を導き、人民のために労苦することだ』

子路は、孔子の返答がきわめて簡単であったので、なお詳しく教えて欲しいと言うと、孔子はただ一言つけくわえたのみであった。

『いまいったことを、倦(う)むことなくおこなえばそれでよい』

子路は問う。

『君子は勇気を尊ぶのですか』 

孔子は答えた。

『義がもっとも大切である。君子が勇気を重んじて、義を軽んずれば、世の秩序が乱れるだろう。君子ではない小人物が勇気を好んで義を軽んじたときは、私欲にのみ動く盗賊となりはてるだろう』

孔子はまた、いった。

『上に立つ者が礼を好めば、彼を敬わない民はいない。上に立つ者が義を好めば、彼に従わない民はいない。上に立つ者が信を好めば、彼に誠意をつくさない民はいない』

日本をふくめ、世界の政治状況を見れば、孔子の言葉が今も生きていることがわかる。

史記のなかの『貨殖列伝』には、
『もっともよい政治家は人民の望みに従う。つぎによい政治家は人民を利益に誘導し、これにつぐ政治家は、人民を教えさとし、これにつぐ政治家は人民を統制し、もっとも劣る政治家は人民と争う』

と記されている。人民の望みに従う政治家が、最善に位置しているのは、貨殖列伝にふさわしい見方である。

経済の流通は、農業者によって食い、(きこり=木材業者、この時代の虞には、鉱山業者もふくまれている)によって材料を出し、工業者によって物品を製造し、商業者によって売買をおこなうことで成立する。

この四者がさかんに活動して、はじめて経済流通が順調になるという。

『農業がふるわなければ食糧は乏しい。工業生産が減少すれば物資が欠乏し、虞がはたらかねば資材は少なくなる。そうなれば、商人は品物を出荷しない。その結果、農・工・虞(食糧・商品・資材)は流通せず、経済はは萎縮する。』

経済機構が、どこかで目詰まりをおこすと、全体の活動が低下するのは、現代とかわらない。

また人間の活躍するのは、何のためかということについても、物欲があるからだと、あけすけに理由づけている。

賢人が廟堂(びょうどう)で深謀を巡らし、朝廷で議論をおこない、信義を守り抜いて死ぬことも、山中に身を隠す士が、名を天下にあげようと心がけるのも、結着するところはどこにあるのか。すべて富を得るためである。

だから清廉の官吏も長年月のうちには富み、正直な商人として知られる者もつまるところは富を得ようと心がけているのである。富は人情として、教えられなくてもみな欲するものである。  

 −続 く−
(日本経済新聞2003年8月6日)

さて、日本の政局をながめてみましょう。9月の自民党による派閥抗争劇をどのように皆さんは解釈されたでしょうか。“毒まんじゅう”というはやり言葉だけが目立ったようです。

9月20日に小泉首相が自民党総裁に再選され、翌、20日には衆院選挙目当てだけの当選回数3回弱冠49歳の若い安部幹事長が誕生いたしました。これをよしとするや否や。そして組閣。かたや、野党では民主党と自由党が合併、新民主党として生まれ変わっています。10月10日解散、11月9日選挙との日程が組まれた模様ですが、これからの日本の行く末は選挙民である我々に懸かっているようです。“義を重んじる政治家最善”をもう一度、読み直して来る衆院選挙に真の一票をお願いしたいと思います。

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